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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)178号 判決

東京都千代田区大手町2丁目6番2号

原告

丸谷化工機株式会社

同代表者代表取締役

山本高敬

同訴訟代理人弁理士

吉田俊夫

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

山田充

吉村宗治

関口博

市川信郷

吉野日出夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が昭和63年審判第5176号事件について平成4年7月16日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「包装体投入用吸着体」とする発明(以下「本願発明」という。)について、昭和59年11月16日、特許出願をした(昭和59年特許願第240511号)ところ、昭和63年1月25日、拒絶査定を受けたので、同年3月29日、審判を請求した。特許庁は、この請求を昭和63年審判第5176号事件として審理した結果、平成4年7月16日、上記請求は成り立たない、とする審決をし、その審決書謄本を平成4年8月26日、原告に送達した。

2  本願発明の要旨

「ポリオレフイン系樹脂80~50重量部および粒径60メッシュ以下の乾燥剤20~50重量部の混合物(合計100重量部)の押出成形体からなる包装体投入用吸着体。」

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  昭和49年特許出願公開第75474号公報(以下「引用例」といい、引用例記載の発明を「引用発明」という。)には、共役ジエンホモポリマー5~100重量部と粉状又は粉状吸着材料100重量部との混合物を種々の形状に成形した成形吸着材料が、さらに、活性炭(本願発明の乾燥剤に相当)の粒度は30~120メッシュであることが記載されている。

(3)  両発明を比較すると、両者は高分子樹脂と乾燥剤(引用例では、吸着材、活性炭と表現)からなる成形吸着材料である点で一致し、また、乾燥剤の粒度及び混合割合も引用発明と重複するから、本願発明は高分子樹脂としてポリオレフイン系樹脂を用いるのに対し、引用発明は共役ジエンホモポリマーを用いる点(相違点〈1〉)、及び、本願発明では成形吸着材料の用途を包装体投入用と限定しているのに対し、引用発明では、特に用途的な限定はない点(相違点〈2〉)、を除いては両者に相違はない。

(4)  相違点〈1〉は、ポリオレフイン系樹脂(例えば、ポリエチレン)は活性成分の成形に極く普通に用いられる高分子樹脂であることや、引用発明の高分子樹脂は良好な機械的性質や酸、アルカリに対する十分な耐性を有するため乾燥剤(吸着剤)と共に用いられるところ(2頁左欄参照)、本願のポリエチレンもそのような性質を有する高分子樹脂として周知であることを考慮すれば、本願発明の高分子樹脂が引用発明の高分子樹脂に代替し得ることは当業者であれば容易に考え得ることであり、相違点〈1〉を格別のものとすることはできない。

相違点〈2〉は、成形吸着材料が容器、包装体等に使用されることは自明のことであるから、相違点〈2〉も格別のものではない。

そして、本願発明が格別顕著な効果を奏するとみることもできない。

(5)  したがって、本願発明は引用発明及び周知の事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものであり、特許法29条2項により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)、(2)は認める(ただし、(2)のうち、引用発明の活性炭が本願発明の乾燥剤に相当するとする点は争う。)。(3)の一致点のうち、乾燥剤の粒度及び乾燥剤の混合割合が50重量%の場合に限って重複することは認めるが、その余は争う。各相違点については認める。(4)、(5)は争う。審決は、引用例の技術内容の解釈を誤った結果、一致点を誤認するとともに、各相違点の判断を誤り、本願発明の顕著な作用効果を看過したものであるから、違法であり、取消しを免れない。

(1)  一致点の誤認(取消事由1)

審決は、引用例に記載の活性炭が本願発明の乾燥剤に相当するとしているが、活性炭は、脱臭作用や吸着作用を有するものの、乾燥作用はほとんどないし、また、乾燥剤として吸湿作用を示すためには少なくとも親水性でなければならないが、活性炭は非極性(疎水性)吸着剤であるから、いずれにしても乾燥剤とはいえず、これを本願発明の乾燥剤に相当するとし、この点で本願発明の乾燥剤と一致するとしたのは誤りである。のみならず、本願発明の乾燥剤に活性炭が含まれていないことは、本願明細書から活性炭に関する記載を削除したという出願経過に照らしても明らかであり、この補正により、活性炭は本願発明の特許請求の範囲にいうところの「乾燥剤」に含まれなくなったことは明らかである。また、乾燥剤の混合割合についても50重量%の点で一致するにすぎないから、この点からも審決の一致点の認定は誤りである。なお、本願発明では、乾燥剤は、ポリオレフイン系樹脂との合計量中20~50重量%であるのに対して、引用発明においては、吸着剤は共役ジエンホモポリマーとの合計量中95.24~50重量%の割合で用いられている。そして、本願発明と引用発明とは、発明の同一性が問題となっている訳ではなく、引用発明によって当業者が本願発明を容易に想到し得るか否かが問題であるから、50重量%という上記の重複点は格別問題ではなく、引用発明の95.24~50重量%という吸着剤割合から本願発明の乾燥剤量の前記範囲が容易に想到し得るか否かが問題であるというべきである。そこで、この混合割合についてみると、引用例には、共役ジエンホモポリマーが等量以上、すなわち、吸着剤が等量(50重量%)以下では吸着能の著しい低下がもたらされると記載されている。また、乙第4号証記載のものにおいては、ポリエチレンの配合比がシリカゲルに対して50重量%(シリカゲルとの合計量中、33重量%)以上、すなわち、シリカゲルの配合比が67重量%以下では、吸水能の点で不適であると記載されている。このように、共役ジエンホモポリマーが結合剤として用いられている引用発明にあっては、吸着剤量が50重量%以下、ポリエチレンが結合剤として用いられている乙第4号証のものにあっては、シリカゲル量が67重量%以下では、吸着能あるいは吸水能の著しい低下がもたらされるとされている以上、当業者において乾燥剤の範囲を50重量%以下に選択することはあり得ないことである。しかるに、本願発明においては、乾燥剤量範囲としてあえて20~50重量%という範囲を選択したことにより、低湿度条件下において、持続性のある吸湿防止効果という顕著な作用効果を発見したものであるから、本願発明における前記の乾燥剤の重量割合をもって、容易に想到し得るものとすることはできない。

(2)  相違点〈1〉の判断の誤り(取消事由2)

本願発明のポリオレフイン系樹脂は、押出成形可能な熱可塑性樹脂である。これに対し、共役ジエンホモポリマーのうち、1、2-ポリブタジエンは高分子樹脂といえるが、1、2-ポリブタジエンには、熱可塑性のものと熱硬化性のものとがあるところ、引用発明で用いる共役ジエンホモポリマーは、硬化(架橋)に際して硬化剤(架橋剤)を必要とし、特許請求の範囲でも硬化剤の割合が記載されていることからも明らかなように、熱硬化性の高分子樹脂であって、押出成形が容易ではない。これに対し、本願発明のポリオレフイン系樹脂は、熱可塑性の高分子樹脂であって、押出成形が容易であるから、両者はこの点で関連性があるとすることはできず、本願発明の高分子樹脂であるポリオレフイン系樹脂が引用発明の共役ジエンホモポリマーに代替し得るとした相違点〈1〉に関する審決の判断は誤っている。

被告は、本願発明のポリオレフイン系樹脂は活性成分の成形剤として周知であると主張するが、わずかな乙号証をもって、上記の点が周知といえるか疑問であるばかりか、これらの乙号証は審判段階で審理の対象とされていなったものであるから、証拠とすることはできないものである。

また、仮に周知であったとしても、以下に述べるように、本願発明における高分子樹脂は熱可塑性であるのに対し、引用発明のそれは熱硬化性であるという相違がある以上、相違点〈1〉を容易とすることはできない。すなわち、本願発明の包装体投入用吸着体においては、混合物中ポリオレフイン系樹脂を80~50重量%と少なくとも半分量以上用いることにより押出成形体として用いることを可能としたものである。これに対して、乙第4号証のものでは、ポリエチレン(ポリオレフイン系樹脂)とシリカゲル(乾燥剤)との混合物中、前者が33重量%以下しか用いられていないことから、圧縮形成法が採られているのである。一般に、熱硬化性樹脂の成形技術分野では、圧縮成形、その改良成形法であるトランスファー成形、注型、含浸等の成形方法が極めて一般的であるのに対し、押出成形法は極めて稀であり、異質の成形方法と考えられている。このことは、引用発明の共役ジエンホモポリマー(熱硬化性樹脂)と硬化剤の系にあっても同様であり、その各実施例では、注型法が採用されている。このように、押出成形可能な混合割合を有する本願発明の熱可塑性樹脂と乾燥剤との混合物と、引用発明の熱硬化性樹脂と硬化剤及び乾燥剤との混合物とにおいて、熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂がそれらの上位概念である高分子樹脂である点において共通するとしても、押出成形性の点では根本的に異なっているのであるから、本願発明のポリオレフイン系樹脂が活性成分の成形剤として周知であるとしても、当業者であれば、本願発明の高分子樹脂が引用発明のそれに代替し得ることに想到することが、容易であるとした審決の相違点〈1〉に関する判断は誤っている。

(3)  相違点〈2〉の判断の誤り(取消事由3)

引用例記載の成形吸着材料の使用目的は、有害物質の吸着除去用であり、また、共役ジエンホモポリマーの硬化に際しては、有機溶剤溶液などの形で用いられるため、その硬化が減圧、加熱条件下で行われたとしても、多少なりとも有機溶剤や硬化剤の硬化物中への残留が考えられ、このような残留物が考えられる成形吸着材料は、被包装物である電子精密機器、医薬品、食品などの安全性を阻害するおそれがあり、このことからすれば、成形吸着材料、特に、高分子材料と共に成形された成形吸着材料が、当然のこととして容器、包装体等に使用されるとは限らないから、相違点〈2〉の判断は誤っている。なお、被告は、乙第4号証を援用し、ポリエチレンが吸水剤の成形に使用されている旨主張するが、上記乙号証は、審判段階で審理の対象とされていなかったものであるから、証拠とすることはできないものというべきである。

(4)  顕著な作用効果の看過(取消事由4)

シリカゲル等の乾燥剤の袋詰品を用いる従来技術においては、乾燥剤の袋詰作業の際、シリカゲル粒子が帯電するため、袋の底まで入らず、袋の途中に浮遊した状態となり、量目不足品や各分包の仕切シール不完全品がしばしば発生するばかりではなく、乾燥剤の分包包装工程で袋詰乾燥剤の仕切シール部の中心での各分包の切断が正確に行われず、袋本体を切断したまま自動投入されると、乾燥剤が飛散して不良包装品となるなど、被包装物の自動包装工程における作業の円滑性が阻害される現象がしばしばみられた。また、吸湿速度の速いシリカゲルなどを乾燥剤として用いているため、包装工程作業場での湿度管理も重要な管理項目とされる。

これに対して、本願発明では、シリカゲル等の乾燥剤が均一に混合されたポリオレフイン系樹脂の押出成形体を予め一定の大きさに切断し、あるいは切断しながら包装体に投入することができるので、上記のような欠点をなくして自動包装を正確に行うことができる。しかも、吸湿速度の大きいシリカゲル等の乾燥剤をポリオレフイン系樹脂中に封入して遅効性の吸着体としているため、自動化された包装工程中に、その作業場の雰囲気湿度などに格別の注意を払わなくても包装体に投入することができ、このことが自動装填を容易なものとしている。また、乾燥剤をポリオレフイン系樹脂中に封入することは、吸湿力を長期間にわたってその形状を保持したまま有効に保つことができるばかりか、吸着体の厚みを変えることによって、その吸湿能力をコントロールすることもできるという効果をもたらす。さらに、本願発明と同様に押出成形された吸着体であっても、高吸収性の樹脂を用いた場合には、相対湿度が50%以上では良好な吸湿性を示すが、50%以下では殆ど吸湿せず、密封包装された製品の乾燥剤として殆ど効果がないのに対し、本願発明の吸着体では、相対湿度50%以下でも吸湿し、しかもそれが持続性を有しているという効果を有する(本願明細書の実施例4参照)。密封包装された製品は、相対湿度50%以下の雰囲気中に保たれていることからすると、そのような雰囲気中でもなお乾燥剤として有効な吸着体が本願発明によって提供されたことを審決は無視しているものである。また、従来の乾燥剤では、接着剤を使用する必要があったが、本願発明の吸着体は、熱可塑性のポリオレフイン系樹脂を用いているため、ヒートシールができるという優れた効果を有するものである。

なお、被告は、相対湿度50%以下での吸湿性について格別顕著ではないとして、乙第4号証第2図を援用するが、同図に示されているものはいずれもシリカゲルの混合割合が90%、80%、70%の場合であり、50%以下の場合ではない。かえって、同号証には、ポリエチレンの配合比が50重量%以上では結着力は増大するが、通常の吸水剤としては吸水能の点で不適であると記載されている(2頁右上欄2行ないし4行)ことからすると、シリカゲルがポリエチレンに対して相対的に少なく用いられ、しかもそれが相対湿度50%以下の雰囲気中で長期間にわたって吸湿性を示すという本願発明の効果は格別のものといわなければならない。

したがって、審決は、本願発明の以上のような優れた作用効果を看過したものであるから、違法である。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。

1  取消事由1について

原告は、活性炭は乾燥剤とはいえないと主張する。しかし、引用発明の実施例1及び2には、「得られた成形活性炭は良好な吸湿性を保持することが認められた。」との、乙第1号証には「吸着性物質とは、・・・、この中で、活性炭、シリカゲルなどがよく用いられ、・・・これらの吸着性物質は、脱色、脱臭、脱湿などに用いられる。」(1頁右欄3行ないし14行)との各記載があることからすると、活性炭は乾燥剤として用いることができることは明らかであるから、原告の上記主張は失当である。

また、原告は、本願発明の乾燥剤には活性炭は含まれないと主張する。しかし、本願明細書には、「本発明に使用される乾燥剤としては、例えばシリカゲル、活性アルミナ、酸性白土、活性白土、ゼオライト等の吸湿性物質(が)・・・使用される。」(明細書6頁8行ないし11行)と記載されているように、個々の物質が例示的に示されているだけであって、吸湿性物質に限定はなく、そして、前記のように、引用例にも記載があるように、活性炭は吸湿性を有するものであるから、本願明細書中に活性炭を特に除外するとの積極的な記載がない限り、本願発明の乾燥剤に活性炭が含まれると解釈するのが相当であって、原告の上記主張は誤りである。

さらに、本願発明の乾燥剤には、シリカゲル、活性アルミナ、酸性白土、活性白土、ゼオライト等が含まれ、一方、引用例にも、これらの物質が記載され、かつ、吸着剤と表現されているため、審決は、前記のように「両者は高分子樹脂と乾燥剤(引用例では、吸着剤、活性炭と表現)からなる成形吸着材料である点で一致している」としているのであって、この認定は、本願発明の乾燥剤に活性炭が含まれることのみを前提としているものではなく、また、引用発明の活性炭のみと比較しているものでもないから、この点からも原告の上記主張は失当である。したがって、仮に、本願発明の乾燥剤に活性炭が含まれないとしても、引用例には、本願発明の乾燥剤(例えば、シリカゲル、活性アルミナ、活性白土)と共通なものが記載(例えば、シリカゲル、アルミナゲル、活性白土。引用例では、吸着剤と表現されている。)されているのであるから、両者は高分子樹脂と乾燥剤からなる成形吸着材料である点で一致するとした審決の一致点の認定に誤りはない。

2  取消事由2について

ポリエチレンが活性成分の成形にごく普通に用いられる高分子樹脂として本出願前周知であることは乙第4ないし第16号証から明らかであって、当業者であればこれを成形材料として採用することは容易であるから、審決の相違点〈1〉に関する判断に誤りはない。

3  取消事由3について

成形吸水剤が容器包装体に使用されることは、乙第4号証に「用途としても例えばテレビやラジオの箱中に吸湿板として挿入・・・、医薬品の容器内に設置して・・・」(1頁右欄下4行ないし2頁左欄1行参照)と記載されていることからも明らかであり、周知であるから、相違点〈2〉を格別のものではないとした審決の判断に誤りはない。

4  取消事由4について

原告は、本願発明の効果として、吸湿力を長期間にわたってその形状を保持したまま、有効に保つことができる、また、吸着体の厚みを変えることによってその吸湿能力をコントロールすることができると主張するが、引用発明の実施例には、「すぐれた機械的強度を有し・・・、良好な吸湿力を保持していることが認められた」と記載されていることからみて、引用発明も優れた効果を奏するものと認められる。また、吸着体の厚みを変えることによってその吸着能力に差が出ることも当然であるから、上記の効果をもって予測を越えたものとすることはできない。さらに、原告は、本願発明の吸着体を高吸水性の樹脂と比較し、本願発明の吸着体が相対湿度50%以下でも吸湿性を示す点を予測できない効果であると主張する。しかし、本願発明の効果を示す比較試験として、シリカゲルを使用するならともかく、高吸水性の樹脂との比較は本願発明で採用された樹脂の使用による効果を立証する試験として何ら意味をなさない。この効果がシリカゲル自体に由来するものであることは、乙第4号証に相対湿度50%以下でシリカゲル吸水剤が吸水性を示すこと(第2図)からも明らかであるから、このような効果をもって格別なものとすることはできない。したがって、格別の効果が認められないとした審決の判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1ないし3及び本願発明と引用発明の間に審決摘示の各相違点が存することは当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

いずれも成立に争いのない甲第2号証(願書添付の明細書)、同第6号証(昭和62年9月25日付け手続補正書)及び同第9号証(昭和63年4月19日付け手続補正書、以下、一括して「本願明細書」という。)によれば、本願発明の概要は、以下のとおりであると認められる。

本願発明は、密封容器、密封袋等の密封包装体の内部に封入し、主として自動装填される包装体の内容物を乾燥状態に維持するための水分吸着性を有するポリオレフイン系樹脂成形体に関するものである(本願明細書1頁下から2行ないし2頁5行)。従来、精密機械、医薬品、食品等の商品の包装容器内の乾燥状態を長時間維持する目的でシリカゲル等の袋詰品が包装容器内に商品の密封と同時に封入されてきた。シリカゲル等の袋詰品は、袋詰作業時に分包を連続させて連包品としたものを商品の自動充填包装工程で切断投入していく方法か、あるいは切断した分包1個毎のものを整列させて自動包装機械にかけて包装工程中に投入する方法が採られているが、これらの方法には、以下のような問題点があった。すなわち、シリカゲル等の乾燥剤の袋詰作業時の問題点として、シリカゲル等の粒子が帯電して袋の途中に浮遊した状態となり、量目不足品や仕切りシールの不完全品が発生する。また、容器への自動投入、包装工程において、袋詰乾燥剤の仕切シール部の中心で切断が正確に行われず、乾燥剤が飛散して不良包装品を生ずるとの欠点があった。さらに、粒状の乾燥剤を袋詰めにした場合、形状、特に袋詰めの厚さ、充填部位に片寄りを生ずるとの問題点を有していた。このため、袋詰乾燥剤の投入が、自動包装作業の円滑性を阻害する一因となっていたばかりか、乾燥剤の吸水速度を適正に調整することも困難であった(同2頁6行ないし4頁6行)。

そこで、本願発明は、以上のような各問題点の解決を課題(目的)として、要旨記載の構成を採択することによって(同4頁7行ないし7頁7行)、乾燥剤をシート状などに押出成形し、袋詰乾燥剤の前記の欠点を解消するとともに、乾燥剤の厚さ及び吸着剤の配合量を適宜調整することを可能として、吸着剤の吸湿機能を充分に発揮させるとの作用効果を奏することを可能としたものである(同7頁8行ないし18行)。

3  取消事由

(1)  取消事由1について

原告は、活性炭は本願発明における乾燥剤に含まれないと主張するので、以下、この点について検討する。

そこで、まず本願発明の特許請求の範囲の記載における「乾燥剤」の意義について検討するに、前掲甲第9号証(昭和63年4月19日付け手続補正書)によれば、本願発明の特許請求の範囲の記載は、前記本願発明の要旨と同様であることが認められ、これによれば、本願発明における「乾燥剤」自体の要件については、その粒径が60メッシュ以下であることが規定されている以外は格別限定はないから、当業者には上記粒径に関する要件を満たす物質で乾燥作用、すなわち水分の吸湿作用を有する物質であればこれに含まれるものと一義的に明確に理解できるというべきである。

ところで、原告は、この点について、本願発明の前記「乾燥剤」に活性炭が含まれないことは、原告主張の手続補正の経緯から明らかであると主張するところ、前掲甲第2号証及び同第9号証によれば、原告は、本願の当初明細書の特許請求の範囲における「粒径が60メッシュよりこまかい吸着剤」(甲第2号証1頁5行6行及び12行13行)との記載部分を、昭和63年4月19日付け手続補正書において「粒径が60メッシュ以下の乾燥剤」(同補正書5枚目4行)と補正し、当初明細書の発明の詳細な説明における「本発明に使用される吸着剤としては、例えばシリカゲル、活性アルミナ、酸性白土、活性白土、ゼオライト等の吸湿性物質、又は活性炭やゼオライトのような脱臭作用を有するものも使用される。」(甲第2号証、6頁8行ないし11行)との記載部分を同手続補正書において、「本発明に使用される乾燥剤としては、例えばシリカゲル、活性アルミナ、酸性白土、活性白土、ゼオライト等の吸湿性物質が使用される。」(同補正書3頁1行ないし3行)と補正した事実が認められるところであり、以上の補正の経緯に照らすと、原告は、当初明細書においては、活性炭を脱臭作用を有する物質として挙げていたが、本願発明の特許請求の範囲の記載を「吸着剤」から「乾燥剤」に限定したことから、脱臭作用を有する活性炭は不要となり、これを削除したものであることは明らかである。しかしながら、本願明細書の前記の吸湿性物質の記載が単なる例示的記載であることは前記の記載方法自体から明らかであるから、前記の手続補正の一事をもって、直ちに活性炭は本願発明の「乾燥剤」に含まれないと断定することはできないものといわざるを得ない。

そこで、進んで活性炭が水分の吸湿作用を有するか否かについて検討する。成立に争いのない甲第11号証(引用例の特許出願公開公報)によれば、引用発明は、生産、消費活動に由来する汚染物質を吸着する成形吸着材料の新規な製造方法を提供するものであるところ、引用例には、同発明で用いられる吸着剤に関し、「本発明において使用される粉状または粒状多孔質吸着剤としては炭素系、シリカ系、アルミナ系およびシリカアルミナ系などの普通の吸着材で、例えば活性炭原料となる炭化物、各種活性炭、シリカゲル、アルミナゲル、活性白土、シリカアルミナゲル、活性ボーキサイト、ベントナイト、チヤコール、カオリンなどを単独または混合して、あるいは必要に応じて例えば石コウ、ガラスまたは炭素短繊維、シラスバルーン、ガラス小球などの補強剤、充てん剤と混合して使用できる。しかしながら活性炭が吸着能力が大きく好ましい。」(3頁右上欄1行ないし12行)、との記載があり、また、いずれも活性炭を使用した引用発明の実施例1ないし5については、例えば同1に関し、「実施例1 粒度10~30メッシュの活性炭100部に、水40部を吸着させ、これに数平均分子量4210、1、2-ビニル91.0%、1、4-シス9.0%の微細構造をもつ液状ポリブタジエン15部をトルエン15部に溶解し、ジクミルバーオキシド0.3部を加えた液を混合し、内径5cm、深さ2cmのアルミ製の型に入れ、150℃で30分間加温し硬化させた後10mmHgの減圧下、70℃に24時間保ち、円柱状の成型活性炭を得た。この円柱状活性炭はすぐれた機械的強度および耐化学薬品性を有し、かつ良好な吸着性、吸湿性を保持していることが認められた。」との記載(4頁右上欄4行ないし16行)があることが認められ、これらの記載からみると、活性炭は吸湿性を有するから、前記の粒径に関する要件を満たすならば、本願発明の「乾燥剤」に該当するものといえなくもないところである。

しかしながら、いずれも成立に争いのない甲第12号証(塩川二朗監修「カーク・オスマー化学大辞典」326頁)、同第13号証(日本化学会編「化学便覧」応用編改訂3版、126、127頁)及び同第14号証(日本化学会編「化学便覧」応用化学編Ⅰプロセス編253頁)によれば、吸着剤は、極性(親水性)吸着剤と非極性(疎水性)吸着剤に区別されること、前者にはシリカゲル、活性アルミナ、白土等があり、後者には活性炭があること、活性炭は、非極性物質を選択的に吸着する性質を有し、水の浄化、ガスの精製、溶剤回収、触媒並びに大気汚染、悪臭及び水質汚濁などの防除材料等に使用されることの各事実が認められ、これを左右する証拠はない。そうすると、この事実によれば、引用例の前記の記載をもって、非極性吸着剤に分類されている活性炭を、水分の吸湿作用を有する物質、すなわち本願発明の「乾燥剤」に当たると断定するには疑問があるといわざるを得ない。

そこで、更に審決の一致点の認定についてみるに、審決は、引用発明の成形吸着剤を活性炭に限定したものでないことは前記の当事者間に争いのない審決の理由の要点に照らして明らかであるところ、引用発明の吸着剤については、活性炭の他、シリカゲル、アルミナゲル、活性白土、シリカアルミナゲル、活性ボーキサイト、ベントナイト、チヤコール、カオリンなどを含むものであることは、前記認定のとおりである。そこで、これを本願明細書に例示された前記の「乾燥剤」と対比すると、シリカゲル、活性白土等において両者は同一であることが認められる。そして、前掲甲第11号証によれば、シリカゲルを用いた引用発明の実施例6では、シリカゲルの粒度は30~100メッシュであることが認められるから粒径においても本願発明の乾燥剤と重複する以上、結局、本願発明と引用発明は、共に、高分子樹脂と乾燥剤からなる成形吸着材料であり、乾燥剤の粒度においても一致するとした審決の認定に誤りはないというべきである。

原告は、乾燥剤の混合割合について、本願発明と引用発明が共に乾燥剤の混合割合を50重量%とする点で一致することは認めながらも、上記以外の混合割合においては一致しないとして、混合割合においても両者は一致するとした審決の認定を非難するので検討すると、本願発明が乾燥剤の混合割合を50重量%とする構成を包含していることは、前記認定の特許請求の範囲の記載に照らして明らかなところであり、そうすると、この点において本願発明に包含される混合割合の構成と引用発明のこれに対応する構成が一致する以上(乾燥剤の混合割合50重量%において一致することは前記のとおり原告の自認するところである。)、この一致する構成における本願発明の他の相違する構成要件が当業者に容易に想到し得るものである場合には、結局、本願は拒絶されざるを得ないのであるから、他の混合割合において相違するとしても、この点を論ずる実益はなく、本願発明が混合割合において引用発明と一致するとした審決の認定に誤りはないというべきである。

以上の次第であるから、審決の一致点の認定は結論において誤りはなく、取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2について

原告は、ポリエチレンが活性成分の成形に普通に用いられる高分子樹脂であることが周知であるとする点を争うので、まず、この点を検討する。

〈1〉成立に争いのない乙第4号証(昭和52年特許出願公開第47591号公報)には、「シリカゲルに対しポリエチレンを50重量%以下に配合してなることを特徴とする成型用吸水剤組成物。」(特許請求の範囲)とする発明について、「従来市販されたシリカゲル吸水用製剤はシリカゲルの粉末または粒状のもの、あるいは例えば6~80メッシュの破砕状または直径2~3mmの球状のものを通気性のある袋または容器に入れて用い・・・ていたが、・・・これらのものは耐久性に欠け、使用中に外気と接触する表面が風化していわゆるコナが生じて型崩れを起こし、容器内に散乱して内容物を汚したりすることが避けられ(ない)」(1頁左下欄下から5行ないし右下欄8行)、「本発明の組成物はこれらの欠点を克服するべく達成されたものであつて、任意の形、大きさおよび厚さに成型することができ、手近な用途としても例えばテレビやラジオの箱中に吸湿板として挿入して従来品のごとく粒子が機械内に混入し損傷を与えたりすることを防ぎ、医薬品の容器内に設置して従来の紙包みや袋入製品とする手間を省き破損をみることなく、また矩形の海苔箱などに本発明の成型板を箱の各側面や海苔の中間層など任意の個所に挿入、設置し、海苔に変形を与えず、しかも特別の格納空間を必要とせずに有利に吸水目的を果たすことができるなどの実用上の利点を有するものである。しかも、・・・吸水性能も従来市販品より優れているという特長を有する。」(1頁右下欄下から6行ないし2頁左上欄9行)との記載が認められる。〈2〉同乙第5号証(昭和55年特許出願公開第59825号公報)には、「熱可塑性樹脂に水酸化カルシウムをブレンドしたものをシート状に成形してなるシート状物を主体とすることを特徴とする炭酸ガス吸収シート。」(特許請求の範囲)とする発明について、「水酸化カルシウムとブレンドする樹脂としてはポリエチレン、ポリスチレン、ポリプロピレン、ポリアミド、ポリエステル等の熱可塑性樹脂を使用することができる。」(2頁左下欄下から2行ないし右下欄2行)との記載が認められる。〈3〉同乙第6号証(昭和53年特許出願公開第26287号公報)には、「着色廃水を脱色するに際し、脱色性を有する無機質微粒子と有機高分子重合体からなる微細複合体を処理材として用いることを特徴とする着色廃水の脱色処理方法」(特許請求の範囲)とする発明について、「本発明者等は鋭意研究の結果、脱色性を有する無機微粒子と有機高分子重合体からなる微細複合体を処理材として着色廃水を処理することによりきわめて効果的に脱色できることを見い出し本発明に到達したものである。無機質微粒子としてはたとえば微粒子ケイ酸、シリカサンドあるいは酸化ケイ素を主成分とする各種顔料があげられる。また有機高分子重合体としてはたとえばポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン等があげられる。・・・このようにして得られた微細複合体は、微粒子ケイ酸、シリカサンドあるいは酸化ケイ素を主成分とする各種顔料表面により吸着活性が賦活されている。またフレイク状物の構成要素である高分子重合体、例えばポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン等により微細構造体として賦型されかつ活性吸着座席を構造体中に分散させることによつて活性部位の分布状態を広く保持させることが可能である。」(2頁左下欄8行ないし右下欄12行)との記載が認められる。〈4〉同乙第7号証(昭和53年特許出願公開第145931号公報)には、「固型芳香組成物の製法」とする発明について、「固型化剤としてのポリエチレンは如何なるものでもよいが低密度または中密度ポリエチレンが溶解温度が低く、固型化物の剛性が大で離漿現象がなく好ましい。」(2頁右上欄11行ないし14行)との記載が認められる。〈5〉同乙第8号証(昭和53年特許出願公開第91149号公報)には、「固型発香組成物の製法」とする発明について、前記〈4〉と同趣旨の記載(2頁左下欄1行ないし4行)が認められる。〈6〉同乙第9号証(昭和50年特許出願公開第129755号公報)には、「徐放性香料組成物」とする発明について、「固体かつ非水溶性の熱可塑性巨大分子物質中に香料を混入状態で含有することを特徴とする徐放性香料組成物」(特許請求の範囲)、「すなわちこの発明は、固体かつ非水溶性の熱可塑性巨大分子物質中に香料を混入状態で含有することを特徴とする徐放性香料組成物に関するものである。適当な熱可塑性巨大分子物質(たとえばポリ塩化ビニル)と安定剤、可塑剤と香料との組合せにより、香料を長期間(たとえば約3ケ月間またはそれ以上)徐々に放散させることができる。」(1頁左下欄下から2行ないし右下欄5行)、「この発明の組成物に配合できる固体の有機巨大分子物質の例にはポリ塩化ビニル、ポリメタクリレート、ポリスチレン、エチレン-ビニルアセテート共重合体、スチレン-アリルアルコール共重合体、ジスアクリル樹脂、塩素化ポリエチレン、ポリスチレン-ポリブタジエン-ポリスチレン共重合体の如き分子量1000以上の固体かつ非水溶性の熱可塑性巨大分子物質があげられる。」(1頁右下欄下から2行ないし2頁左上欄6行)との記載が認められる。〈7〉同乙第11号証(昭和51年特許出願公開第151337号公報)には、「養魚用持続性殺菌殺虫剤」とする発明について、「メチレンブルー、硫酸銅、クロラムフエニコール、ストレプトマイシンおよびフラン系にてなる主薬剤に親水性拡散調節剤と疎水性高分子物質とを均一に混合成形してなる養魚養殖用持続性殺菌殺虫剤。」(特許請求の範囲)、「魚類の治療薬剤と配合成形することのできる疎水性高分子物質としてはポリ塩化ヴイニル、ポリヴイニルアルキルエーテル、・・・、ポリエチレン、・・・、ポリプロピレン・・・等を使用することができる。」(2頁左上欄下から2行ないし右上欄7行)との記載が認められる。〈8〉同乙第13号証(昭和52年特許出願公開第87202号公報)には、「海水貯木場のフナクイムシ食害防除方法」とする発明について、「多孔性を有する高分子物質にフナクイムシ防除剤を吸着させ成形したものを海水貯木場に浸してフナクイムシの食害を防除することを特徴とする海水貯木場のフナクイムシ食害防除方法。」(特許請求の範囲)、「ここで用いる多孔性を有する高分子物質とは、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリウレタン等で軟化点100℃以上の多孔質有機合成高分子物質、・・・などがあげられる。」(2頁右下欄6行ないし11行)との記載が認められる。

原告は、これらの乙号各証について、審判段階で審理の対象とされていなかったものであるから、証拠とすることはできない旨主張する。

しかしながら、これらの乙号各証は、本願発明のポリエチレンは審決が相違点〈1〉の判断で示した性質を有する高分子樹脂として周知であることを、本訴において原告が争ったためこれを立証すべく提出したものであるところ、周知技術は当該技術分野における一般の技術者であれば誰でも熟知している技術であるから、審判手続においてその根拠を具体的な刊行物等を出願人に示して審理の対象とする必要のない事項であって、原告が審決取消訴訟においてこれを争った場合に、この点を立証するために審判段階で出願人に示していないこれらの乙号各証を提出することが許されるというべきであり、原告の主張は理由がない。

以上の各記載によれば、ポリエチレンが極めて広範囲に及ぶ各種の活性成分(吸水剤、炭酸ガス吸収剤、脱色剤、芳香剤、殺虫剤等の活性成分)の成形に適用可能とされていたことは明らかであり、そして、前記各公報の公開時期に照らすと、本願発明の技術分野における当業者にとっても、ポリエチレンが各種の活性成分の成形に適用可能な極めて一般的な成形材料であるとの認識は、本出願前における周知の技術的事項であったと判断して差し支えないものというべきであり、他にこの判断を左右するに足りる証拠はない。

原告は、この点につき、引用発明は、共役ジエンホモポリマーの硬化(架橋)に際して硬化剤(架橋剤)を必要とするのに対し、本願発明のポリオレフイン系樹脂は熱可塑性の高分子樹脂であるから、両者は関連性があるとすることはできず、本願発明の高分子樹脂であるポリオレフイン系樹脂が引用発明の共役ジエンホモポリマーに代替し得るとした相違点〈1〉に関する審決の判断は誤っていると主張するので、以下、この点について検討する。前掲甲第11号証には、「近年、人類の生産あるいは消費活動に由来する大気、地、水の汚染は地域的、さらには全地球的にも自然の浄化能力を越える規模となり、深刻な社会問題となっている。・・・本発明の成型吸着材料はそういう発生源で汚染物質を吸着し除去する方法において有用な役割を果しうるものである。」(1頁右欄3行ないし12行)、「従来の成型法はたとえば結合剤として水ガラスを用い炭酸ガスを作用させる方法(特公報昭36-9171)、セメントとセメント起泡剤を使用する方法(特公報昭47-35673)があるが、これらの結合剤は強酸性物質の水溶液またはガスに容易に浸され、結合剤としての役目を果たすことができないという欠点があった。また有機高分子材料を結合材とする例としては、ポリビニルアセタール樹脂を使用する方法(特公報昭47-11041)があるが、この方法は湿式凝固により高分子中の溶剤を除去しただけであるので熱が加わった時あるいは有機溶剤などを吸着した場合急に結合力が弱くなり、機械的強度が低下し、多くの場合にはくずれてしまうという欠点があった。本発明者は酸性物質、アルカリ性物質、有機溶剤等に耐性があり、また温度が高くなっても機械的強度が低下しない塊状の吸着材料を製造すべく、種々研究した結果、結合剤として官能基を有し、または有せざる共役ジエンホモポリマーまたは共役ジエンと他のビニル単量体とのコポリマーのそれ自身あるいはそれらの誘導体を主成分とする常温あるいは熱硬化性の結合剤を、さらに必要に応じて湿潤剤、吸着材料のマスキング剤、補強剤を用いて、粉状または粒状吸着材料を成型した場合、上記の要求を満足させるに充分な性能を有する成型吸着材料が得られることを見い出し、本発明を完成した。」(1頁右欄下から2行ないし2頁右上欄6行)との記載を認めることができ、以上の各記載によれば、引用発明は、公害の原因となる各種の汚染物質の吸着、防除剤において、従来の同種吸着剤が有していた機械的強度や耐酸性に劣る等の課題の解決を目的とし、その解決法として結合剤に共役ジエンホモポリマー等を採用したものであることは明らかである。これに対し、本願発明においては、その明細書を精査しても、本願発明が上記のような機械的強度や耐酸性に格別優れた性質を必要とするものでないことは明らかである。

してみれば、本願発明においては、引用発明の吸着剤に要求される上記のような格別な性質を必要としないものであるから、既に認定したように結合剤ないしは成形剤としてごく一般的に採用されているところのポリエチレン等のポリオレフイン系の樹脂を採用することに格別の困難性が存するものとは認め難い。したがって、相違点〈1〉の構成を容易に想到し得るとした審決の判断に誤りはないというべきである。

原告は、引用発明の結合剤と本願発明の成形剤との間に関連性がないと主張するが、審決も両者の差異を認めた上、この点を相違点〈1〉として摘出したものであり、審決の判断過程は、要するに、引用発明は本願発明と活性剤である吸湿性物質において一致するが、成形剤ないしは結合剤については共に高分子樹脂である点において共通するものの、本願発明のポリオレフイン系の樹脂の採用については引用発明から示唆を受けられないが故にこの点を相違点〈1〉として、ポリオレフイン系樹脂の採用の困難性について前記のように判断したものである。したがって、審決は、その表現は必ずしも適切とはいい難いにしても、その判断過程に照らすと、本願発明のポリオレフイン系樹脂が前記のような格別の性質を必要とする引用発明の結合剤として、共役ジエンホモポリマーに代替し得るか否かを判断したものではないから、原告の上記の主張は採用できない。

(3)  取消事由3について

前掲乙第4号証(昭和52年特許出願公開第47591号公報)には、「シリカゲルに対しポリエチレンを50重量%以下に配合してなることを特徴とする成型用吸水剤組成物」に関する発明(特許請求の範囲)が記載されており、その発明の詳細な説明には「本発明の組成物はこれらの欠点を克服するべく達成されたものであつて、任意の形、大きさおよび厚さに成型することができ、手近な用途としても例えばテレビやラジオの箱中に吸湿板として挿入して従来品のごとく粒子が機械内に混入し損傷を与えたりすることを防ぎ、医薬品の容器内に設置して従来の紙包みや袋入製品とする手間を省き破損をみることなく、また矩形の海苔箱などに本発明の成型板を箱の各側面や海苔の中間層など任意の箇所に挿入、設置し、海苔に変形を与えず、しかも特別の格納空間を必要とせずに有利に吸水目的を果たすことができるなどの実用上の利点を有するものである。」(1頁右下欄下から6行ないし2頁左上欄7行)との記載を認めることができる。

原告は、乙第4号証について、審判段階で審理の対象とされていなかったものであるから、証拠とすることはできない旨主張する。

しかしながら、審決は相違点〈2〉について、「成形吸着材料が容器、包装体等に使用されることは自明のことである」と判断しており、乙第4号証は、この判断の正当であることを立証するために提出されたものであって、本出願前当業者に自明な技術的事項は審判手続においてその根拠を具体的な刊行物等を出願人に示して審理の対象とする必要のない事項であるから、原告が審決取消訴訟においてこれを争った場合に、この点を立証するために審判段階で出願人に示していない乙第4号証を提出することは許されるというべきであり、原告の主張は採用できない。

そして、前掲乙第4号証の出願公開公報の上記認定の出願公開時期から本出願までに約7年余の期間が経過していること及びその技術内容からすると、上記認定の技術的事項は本出願前、本願発明の技術分野における当業者には周知の技術的事項であったと認めて差し支えがないというべきであり、半記事項が周知であることを争う原告の主張は採用できない。してみると、かかる周知の技術的事項に照らせば、成形吸着材料の用途を包装体投入用と限定することに格別の困難性があるものとは到底認め難いから、審決の相違点〈2〉に関する判断に誤りがあるとすることはできない。

原告は、この点について、有害物質の吸着除去用である引用発明の成形吸着材料では、共役ジエンホモポリマーの硬化に際して用いられる有機溶剤溶液など残留物が考えられ、これが被包装物である電子精密機器、医薬品、食品などの安全性を阻害するおそれがあることからすれば、成形吸着材料、特に、高分子材料と共に成形された成形吸着材料が、当然のこととして容器、包装体等に使用されるとは限らないと主張するので検討するに、審決は前記のとおり、周知技術を理由に相違点〈2〉の構成を想到容易としたものであって、引用発明を根拠に上記の想到容易との判断したものでないことは、前記の審決の理由の要点から明らかなところである。したがって、この点に関する原告の主張はその前提において誤っているといわざるを得ず、また、審決の相違点〈2〉の判断に誤りがないことは前記のとおりであるから、上記主張は採用できない。

(4)  取消事由4について

原告が本願発明の顕著な作用効果と主張するところの要旨は、〈1〉本願発明の乾燥剤は、予め一定の大きさに切断し、あるいは切断しながら包装体に投入することができるので、自動包装を正確に行うことができる、〈2〉吸湿速度の大きいシリカゲル等の乾燥剤をポリオレフイン系樹脂中に封入して遅効性の吸着体としているため、包装作業場の雰囲気湿度などに格別の注意を払わなくてもよく、自動装填を容易なものとする、〈3〉乾燥剤の吸湿能力をコントロールすることができる、〈4〉相対湿度50%以下でも吸湿し、しかもそれが持続性を有しているという効果を有する、〈5〉本願発明の吸着体は、熱可塑性のポリオレフイン系樹脂を用いているため、ヒートシールが可能であるという点にある。

そこで、検討すると、上記〈1〉ないし〈3〉の作用効果は、主として、吸着剤を高分子樹脂からなる成形剤を用いて成形体としたことに伴う作用効果であるということができるところ、この点は前掲乙第4号証について認定した「任意の形、大きさおよび厚さに成型することができ(る)」との周知の技術的事項からみて容易に予測することが可能であると認めることができる。同〈5〉のポリオレフイン系樹脂が熱可塑性樹脂であることが本出願前周知の事項であったことは弁論の全趣旨によって認めることができるから、この事実を前提とすれば、ヒートシールが可能であることは当業者が容易に予測することが可能というべきである。最後に、〈4〉についてみると、前掲甲第2号証、第9号証によれば、原告が主張の根拠とする本願明細書の〔実施例4、比較例3〕には、実施例2の低密度ポリエチレン55重量部に対し、シリカゲル45重量部を配合して、常法により混合押出して厚さ1.6mmとした吸着体と、低密度ポリエチレン55重量部とポリアクリル酸系高吸水性樹脂45重量部とから押出成形された厚さ1.6mmの吸着体(比較例3)について、相対湿度50%以下の場合についての吸湿力について対比測定したところ、後者は殆ど吸湿しないという結果を生じた旨記載されていることが認められる(第2図参照)。しかしながら、上記〈4〉の作用効果を立証するためには、実施例2と同様にシリカゲル45重量部を使用するとともに、実施例2の低密度ポリエチレン55重量部に代えてポリオレフイン系高分子樹脂以外の他の成形剤を使用した比較例と対比すべきであり、比較対象を高吸水性樹脂45重量部からなる吸着体と対比しても、上記〈4〉の作用効果を立証したことにはならないことは明らかであるから、上記〈4〉の作用効果は立証されているものとはいえず、この作用効果を本願発明が奏する格別の作用効果とすることはできない。

したがって、原告主張の前記各作用効果は本出願前周知の技術的事項に基づき当業者が容易に予測可能なものであるか、または、その作用効果の認められないものであるから、これをもって本願発明の奏する顕著な作用効果ということはできない。

(5)  以上の次第であるから、取消事由はいずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はない。

4  よって本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)

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